(連載)日本人的思考様式・・ いかに?なぜ? 日本を夢見るアラブ人! アラブ人が避けたい「言霊」

私たちは人との関係のなかで、協力し、遊び、働き、争い、さまざまなことをするが、何をするにもことばが不可欠。世界中がことばの世界に生きている。

ことばがなかったら・・なんて考えるととりとめもなく話題がそれてしまうので危ない、危ない。ごく簡単な会話を交わすときでも、言葉の使い方には自分でも気づいていないような文化的な意識が働いているものだ。

前に、朝日新聞の朝刊に「隣の山田君」という漫画が連載されていて、毎回示唆に富んだ内容でおもしろい。新聞がきたら、まず「隣の山田君」から読み始めるくらい楽しみにしていた。「隣の山田君」の漫画にこんなシーンがあった。

「もし、万一、仮に、ですよ。あなたがガンにかかってしまったり、交通事故にあったりしたら、あなたはそのときどうしますか?」

 

これは、そのマンガに出てくる山田君の確かお父さんに、必死で保険に加入させようとする保険会社のセールスマンの言葉である。書き始めたのにその漫画のオチがどうなったのかちょっと思い出せないのが大変申し訳ないのだが、私も山田君のように保険に加入することをある日思い立ったのである。

 

実は、私はこれまで自分が生命保険に入るなんて思いもよらなかった。自分はまだ若いと思っていたし、何よりも苦学生で金銭的に困っている時代が長かったので保険に入ることを考える余裕などなかったのである。

 

しかし、仕事も順調にできるようになってきて収入も安定しだした。保険に入るくらいの余裕もできてきたのである。

 

失うものが何もなかったころは何も心配などなかった。貯金も少しできるようになって所有するものも増えてくると、失うかもしれないという心配事ができた。

余裕ができたら心配になるなんて少し変なことだなとは思ったのだが、「備えあれば憂いなし」ということで、CMでもどこでも宣伝している保険商品が気になりだした。そろそろ保険加入者の一員に私もなってみようかと考えたのである。

口にした言葉は将来に影響する!

 

ところが、いざ保険会社の担当者が我が家にやって来て、詳しい説明をするのを聞いて、私は疲労困憊してしまった。

 

豊富な資料を山ほど抱えてやって来た保険会社の担当者は、「ガン保険で何日間、入院の費用が支払われる」とか、「交通事故に遭った場合の補償」とか、「死亡補償」とか、人生最悪の事態を想定した「なんとかウルトラ型保険」について力説した。

 

彼は、「だから将来は安心ですよ」と言っているつもりなのだろうが、私は「ガン」「交通事故」「死亡」「難病」などと将来への不安を煽る彼の言葉に非常に暗い気持ちになってしまい、保険の話どころではなくなってしまった。

日本人なら、保険の説明を聞けば、さまざまな状況を想定した豊富な補償に安心感を覚えるだろうが、加入相手がアラブ人となれば、話は別ではなかろうか。というのも、アラブ人は、病気、死、災害など、不吉な言葉を口にするのを好まない。

 

それは、おそらくアラブ人が、言葉には不思議な力が宿っていて、口にした言葉が将来に影響を及ぼしてくると考えるからである。

 

保険の営業マンが「万が一、死亡した場合にはこのように手続きをしていただいて~。」なんて言うのを聞いて、その日の夜はなんだか不安な気持ちになって部屋をうろうろさまよってなかなか眠れずに過ごしてしまったくらいであった。

 

ガン、事故、死亡など不幸を予感させるような言葉は、言葉通りに実現するという、いわゆる「ことだま」のような思想がアラブ人の間にはある。そのため、会話が病気や死のような話題に及んだときは、遠まわしに触れるか、またはできるだけ触れまいと努めるか、そのどちらかの方法でその場をしのごうとすることが多い。

 

考えてみると、「マー・シャーアッラー(アッラーの思し召しのままに)」「アル・ハムド・リッリラー(アッラーに感謝を)」など、アッラーへの祝福の言葉でアラブ人の会話が溢れているのは、「物事がうまく運ばれるように」と無意識のうちにささやかな祈りを捧げ、嫌なこと避けたいことを直接的な言葉で出すことを避けているのである。

 

この「ことだま」のような思想は、日本では結婚式のスピーチなどで、「もどる」「かえる」といった言葉が避けられるのもその一つであろう。アラブではとにかく悪い出来事を暗示するような言葉は直接的な表現で言わないようしているのである。

 

防衛的ペシミストが源泉!

 

人間の人格心理を研究している心理学者ジェリー・K・ノレム氏によると、「ポジティブ的な結果を得たいのなら、ネガティブ的に考えると良いと変わった理論を提唱している。その上で、「基本的な発見は、不安な人たちは楽観的に考えるよりも、防衛的悲観主義を使う方が良いということです」と説明している。

その根拠として「否定的な思考はあなたが物事に備えるのを助ける」と彼女は語る。

これはまさに日本人が現実のあらゆる場面に接する際に準備に時間をかけて臨む鉄則の姿勢である。

ある意味では、防衛的ペシミスト(悲観主義)の考え方こそ、日本人の「備えあれば憂いなし」という発想や行動パターンの源泉だと言えるのかもしれない。

 

アルモーメン アブドーラ(東海大学教授)

季刊アラブ 夏号 2020年 No.172掲載

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